Road to Quality of Life 04 書店はライフライン。
老舗書店「平安堂」の軌跡と未来

1927年の創業以来、複合型店舗、レンタル事業、カルチャーイベントなど、常に新しい書店の在り方を模索してきた長野県の老舗書店「平安堂」。90年代末からの書店業界低迷のあおりを受けてもなお、平安堂が大切にしてきた書店の在り方とは。

長崎 深志
長崎 深志 「平安堂」取締役 / 書籍事業部長

書店は人が人らしく文化的な生活をおくるために必要な場であると、気づかされました

老舗書店が地域にできること

長崎:2020年に世界中へ広がった新型コロナウイルスの流行を受けて、書店業界全体の未来に不安感を抱かずにはいられませんでした。人の外出が減り、書店に足を運ぶ機会も減れば、当然お店の存続にも大きな影響を与えるので…。しかし振り返ってみると、書店の在り方を明確に示されたきっかけにもなったといえます。

老舗書店「平安堂」の在り方に巡らせてきた思いを語る書籍事業部長の長崎深志

長崎:こんなエピソードがあります。ステイホーム期間中、「平安堂長野店」は迷いながらも営業を続けることにしたんですね。しかし「はたして書店はスーパー(食品や生活必需品店)のように私たちの暮らしのライフラインと言えるのか…」私自身その答えが出せずにいました。ところが驚いたことに、お客さまから「よく開けてくれた」「書店が開いてよかった」という声を多くいただきました。

受験生は受験勉強のための参考書が必要で、病気の不安がある人は健康書を読みたくて、休校の子どもを持つ親は児童書を買って不安を和らげようと訪れてくださいました。本は人の暮らしや学びを手助けする要素がある。つまり、書店は地域のライフラインなんだと再認識させられたんです。

1927年に長野県飯田市にて創業した書店「平安堂」。スーパーなどの雑誌スタンドやビデオレンタルなどの複合化や店舗内でのイベントなど、時代に合わせて本とのあらゆる出合いの機会を提供してきた。ロゴを手がけたのは、画家・グラフィックデザイナーの原田泰治さん

再認識した書店の存在意義

長崎:書店という場所は、人が人らしく、文化的な生活をおくるために必要である。あらためて、そう気づかされました。それにお応えするために、満足感を得られるような本との出合いの場をつくる。品揃えはもちろん、「平安堂で本を買いたい」と思っていただけるような店自体の魅力やおもしろさが必要であり、私たちは書店の在り方をあらためて見つめ直すようになりました。

平安堂が昔から大切にしてきたことのひとつに、本を手に取りたくなるような店舗のアトモスフィア(雰囲気)があります。それを体現しようと試みた特徴的な例は、2013年オープンの「平安堂伊那店」です。雑誌コーナーは海外の書店をイメージしたラウンド型什器を配置、またバックナンバーを充実させて県下最大級の品揃えを実現。児童書コーナーでは円形ひな壇型のキッズコーナーを備えて、未来の読者を育むためにさまざまなイベントを開催。店舗最奥の文芸・郷土・歴史クロスオーバーコーナーでは、天井まで続く4メートル以上の本棚にずらりと本を並べ、中二階を設置した開放的な空間に、ヨーロッパの古い図書館をイメージしたしつらえを施しました。いかに有意義な可処分時間を書店で過ごしていただけるか工夫を凝らしたつもりです。

南信地区最大級の品揃えを実現させた「平安堂伊那店」

長崎:そのほかにも店舗の雰囲気づくりで大切にしてきたのが、独自のフェア提案です。エンターテインメントとしてのおもしろさから、教養を深める、時流を読む、専門を極めるといった点を意識して、さまざまな切り口のテーマでフェアを開催してきました。また、その本の持つ潜在能力をできるだけ引き出そうと、POPやディスプレイにも力を入れています。付加価値のある「本との出合い」を追求してきたつもりです。

毎夏の恒例、各店オリジナルのディスプレイでスタッフおすすめの文庫本を紹介するフェアは、平安堂らしさのひとつ。「平安堂に行けばいつも何か新しい発見がある」と思っていただけるような創意工夫を大切にしてきた

「読者が書店を育て、書店が読者を育てる」という関係を築いていくことが欠かせない

「平安堂」が大切にしてきたこと、大切にしていきたいこと

長崎:そもそも長野県は、年間書籍購入額が全国平均を約7ポイントも上回るほど本のある暮らしが根づいているんですね。本を愛する人が多い県で、私たちが書店として貢献できたことがあるとすれば誇らしいことですし、私たちにできることはたくさんあるともいえますよね。

平安堂の歴史を振り返ると、1927年に創業し、全国に先駆けて複合型や郊外型店舗の開発を進めてきました。また地域との結びつきを第一に、作家との交流会を代表とするカルチャーイベントなどを通して本と人の出合いを大切にしてきました。こうした取り組みにより、「読者が書店を育て、書店が読者を育てる」という関係を少なからず築いてきた軌跡があるといえます。

作家との交流会やカルチャーイベントなどを通して、本と人との出合いを紡いできた「平安堂」の軌跡を振り返る長崎

時代のあおりを受けてからの回復への道のり

長崎:しかし、90年代末から書店業界全体の低迷が続き、売上が前年比マイナスでも仕方がないという空気が流れていました。書店業界の環境が厳しさを増すなかで平安堂も経営不振に陥り、2012年に高沢産業が完全子会社化。当時、高沢曜宏社長が「平安堂は老舗書店として地域の信頼を得ており、住民の生活の一部だ。業界をめぐる環境は厳しいが、貢献したい」と信濃毎日新聞にコメントしていたように、地域貢献を目指す高沢産業による経営基盤強化のための改革が行われていきました。

最初に取り組んだのは、事業部制の導入です。それまでは店舗単位で売上数字を見て経営分析をしてきました。しかし店舗には書籍もあれば、CDや文具もある。さらにレンタル、ゲームに喫茶。「それぞれの事業が明確にいくら儲かっているのか」「はたまたいくら赤字なのか」、この大事な部分がボヤけていたのです。

事業部制の導入は、私たちには簡単なことではありませんでしたが、それぞれの事業ごと、書籍なら書籍の課題が従来より歴然となり、対策を講じるスピードも早くなりました。

長崎:こうした高沢産業の経営改革を通して、私たちは大切なことに気づかされました。それは経営向上への強い熱意です。書店だけでなくさまざまな業界が低迷しているなかで、高沢グループはその低迷に屈することなく黒字を出し続けており、どんな事業に対しても高い向上心を携えて対峙していることに驚かされたんです。

そして、書店業界にあったネガティブな空気が平安堂から徐々に打ち払われ、店長を筆頭に現場スタッフたちからも、平安堂の在り方をあらためて追求する姿勢が強く感じられるようになりました。

モノを並べるだけでなく、コトや時間を提案する書店を目指す

「平安堂」が考えるこれからの書店

長崎:事業部制の導入により、各事業の収益性、お客さまのニーズと商品構成といった経営課題を、従来よりも高い解像度で見つめ直すようになりました。子会社化する前の数年間は資金繰りを楽にするために在庫をどんどん減らしていましたが、書店に求められる魅力を自ら減らしているようなものでした。それを踏まえて在庫の見直し・再整備を適宜繰り返し、独自のフェアやイベントなども拡充。さらにお客さまがどこでも本を購入できるよう、ネット書店「e-hon」に参加し、一店舗分ほどの売上にしようと取り組んでいます。

経営体質が改善されたことで、地域における書店の在り方や魅力などを改めて追求できるようになってきました。

※2020年10月現在、コロナ禍のためイベントは自粛中

長崎:今私たちはインターネットショッピングを通して、レコメンドで関連本を次々と知るようになりました。それはたしかに便利ではありますが、おもしろい本や有用な本との“偶然の出合いがある書店”という場は、これからも大切であろうと考えています。

そして地域の生活や文化に根ざした品揃えや、時代を先取りした商品提案もこれまで以上に求められると思いますし、さらに進化した売り場づくりが必要と考えます。たとえば、新型コロナウイルスの関連本と連動して展開した「クールマスク」は、一時期には人気少年マンガの新刊より数倍多くお買い求めいただきました。ほかにも、書店の夏の風物詩「文庫フェア」の売り場では、飾りつけをかねて一緒に展示した「風鈴」も売れました。

これらのように書店だから本だけを販売するというのではなく、関連する商品も合わせて展開するクロスセルの積み重ねが、ライフスタイル提案型売り場へと進化させていくと思います。また、これまでは本と親和性の高いCD・DVDや文具雑貨、そして喫茶などと複合化してきましたが、今後はどんな商材や事業を組み合わせたら、より有意義な時間を過ごしていただける場をつくれるか、大きな課題です。

プロフィール

長崎 深志(ながさき ふかし) 株式会社平安堂
取締役 / 書籍事業部長 / 長野店担当部長
1968(昭和43)年生まれ、長野県松本市出身。大学卒業後の1991(平成3)年、株式会社平安堂に入社。フロアの天井まで書籍を積み上げる「タワー陳列」を発案したり、作家のサイン会、コンサートやキャラクターイベントなどの企画をしたりと、新しい書店の在り方を常に模索してきた

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